No.12 毒蝮三太夫さん
ゆめクラブ神奈川の機関誌『ゆめジャーナル』に連載しているコラムです。
各界の著名人が楽しく生きる秘けつを語ります。

       
一人ひとりの顔を見て話しかけるのが毒蝮流
 三十六年間続いている民放のラジオ番組。各地のスーパーや商店街、工場などを訪れては、お年寄りに“ジジイ“ “ババア”と呼びかけ、ときには「くたばりそこない」「賞味期限切れ」などの爆弾発言も飛び出す元祖・毒舌トークの毒蝮三太夫さん。
「だって本当のことだもんな。“ババア”を“おじょうさん”とは言えないよ、オレはみのもんたさんじゃないからさ。言われたほうが自覚を持ったほうがいいよ。“ジジイ“ “ババア”って言われてイヤな人はオレの近くには来ないよ(笑)」。

 おなじみの声で軽快に語る毒蝮さんは、横浜出身で大工をしていた父親と能登半島出身の母親のもと、東京・品川で生まれて浅草で育った “極上の”江戸っ子である。
「オレはイヤミで言ってるわけじゃない。江戸っ子だからさ、言葉は悪いけど、ワル気はないよ。下町じゃこれが普通なんだよ。江戸っ子っていうのは、人に嫌われない術がうまい。その秘けつは何かって? そりゃ頭がいいってことだよ(笑)。相手が不快に思うか、諧謔的に受け止めてくれるかということを瞬時に計算すんのよ」。
 慌ただしい生放送中、たった一瞬の出会いであっても、相手の顔を見て、一人ひとりに声をかけてあげることが大事だという。
「多少、言葉が荒くても『私に言ってくれているんだ』って思えば、腹は立たないんだよ。だから、オレは不特定多数に向かってワァッ〜と話しかけているんじゃなくて、一人一人に向いてしゃべってるんだ。それが気遣いってもんよ」。

 短大生に教える「福祉コミュニケーション論」
 番組を通してずっとお年寄りとふれあってきた毒蝮さん。これまでにも「元気で長生きするコツさせるコツ」(グラフ社)や「老人学」(海拓舎)などの著書を出版し、老人問題のエキスパートとしても知られるが、四年前からは、千葉県松戸市の聖徳短大で客員教授として教壇に立っている。

 「介護福祉士になりたいっていう学生たちが勉強しているんだけど、年寄りと一緒に住んだ経験のない子がほとんど。年寄りに対して、どう対処していいのかわからないんだよ。どうしたら年寄りが喜ぶのか。どういうことをしたら嫌がるのか。それをオレにレクチャーしろと……」。

 学生に学問としての老人学だけではなく、実践の老人学を身につけさせるため、毒蝮さんに白羽の矢が立てられた。
 「実はね、オレは小さいときから学校の先生になりたかったんだ。でも、十二歳から芸能界に入って、大学も芸術学部だったから、進路が決まっちゃってたんだよ。それが六十歳を超えてから、現実に夢が叶ったんだ。『念ずれば叶う』っていうけど、本当にそうだね」。

 毎週一回、介護福祉学科で学生に福祉コミュニケーション論を教えている毒蝮教授。
 「年寄りといっても、一人ひとり、人生が違うんだから、それぞれ対応も違って当然なんだよ。たとえば、『老人は温泉が好き』ってよく言うだろ。でも、温泉がキライな年寄りだっているはずなんだ。『高齢者は肉料理は苦手』なんて決めつけちゃダメなんだよ。肉しか食わないジジイだっているんだから(笑)」。

 こんな授業を展開しながら、若い人材の育成に全力を挙げている。
「十八〜十九歳の学生は年寄りと話すことだってさほどうまくはないよ。だけど、彼女たちが老人ホームなどの施設に実習に行くときには、『お前たちは人生の大先輩であるすてきな年寄りを介護できるんだから喜べ!』って言って送り出すんだ。そして『お前たちは名女優になれ。いやなババアだろうと、いやなジジイだろうと、にっこり笑って“おはようございます”と言ってこい!』って、教えているんだよ」。

 実習を終えて戻って来る学生たちは一様に成長していて、彼女たちから教わることもたくさんあるという。
 「レポートを見ると、『最初は“こんにちわ”と話しかけてもわからなかったお年寄りから、最終日に顔を見て“ありがとう”と言われて、つらかった十日間がふっとんじゃった』とか『おじいちゃんはおもしろい。おばあちゃんはかわいい』といった反応がずいぶんある。学生たちは、こういうすてきな年寄りに会うと『介護してあげたくなる』っていうんだね。若い子たちから、こういうふうに言ってもらえる年寄りにならなきゃ。だから、オレは若い子に好かれる年寄りをいっぱい作りたいね」
 お年寄りは遠慮をするな! もっと自信を持て!
 毒蝮さんが尊敬してやまない人生の大先輩がいる。聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏だ。
 「オレはね、日野原先生はすごいと思ってるの。ありゃ、青年だね。考え方、物腰、人に対する柔軟さ、肌の色つや、考え方。まさにオレたちの生きる見本だよ。九十三歳で階段は駆け上がるし、孫とキャッチボールだってするんだよ。病院ではまだ現役で診察しているし、海外での講演とか学会への出席とか、スケジュールは五年先までいっぱいなんだって。とても“ジジイ”とか“高齢者”とか“老人”なんて呼べないね(笑)」。

 ある時、日野原先生から「極上の老後を送るためには、しなやかでみずみずしい年寄りになること」と教わったという。
 「要するに、若いうちは頑固でもいいんだよ。でも年とったら柔軟になれってことだな。オレのモットーも“素直に生きる”ってこと。素直でいることが、健康の秘訣でもあるんだよ」

 毒蝮さんは、今後、ますます進行する高齢化社会において、「若者への教育」と同時に、「高齢者の意識改革」が不可欠だと考えている。
 「年寄りの教育だね。若い人に気を遣い過ぎている年寄りはダメ。遠慮しないで、明治〜大正〜昭和〜平成って、生きて身につけてきたことを、自信をもって今の子どもたちに伝えなきゃいけないよ。シワができようと、腰が曲がろうといいんだよ、年なんだから…。
赤でもピンクでも着たいものを着りゃいいんだ。オレは、年寄りはすてきで、チャーミングで、英知があるっていうことを啓発していきたいんだよ。そして、若い人も経験豊富な年寄りをもっと動かして、発言させて、自立させなきゃいけない。もちろん、寝たきりになった年寄りには今まで社会貢献してきてもらったお返しをする気持ちで面倒見てあげなきゃいけないよ」。
 べらんめぇ調のトークの中に、お年寄りに対する愛情とやさしさがにじみ出る毒蝮さん。

 最後にゆめジャーナルの読者の皆さんに新春のメッセージを!
「神奈川県は海あり山ありで温暖ないいところ。そんなすばらしい場所に住んでいるんだから、もっと自立して、おしゃれして、年をとることを楽しめるジジイ・ババアになれ!」


プロフィール
毒蝮三太夫さん(どくまむし さんだゆう)
1936(昭和11)年東京生まれ。1948(昭和23)年に舞台「鐘の鳴る丘」でデビューした後、東宝や大映の青春映画に出演。1959(昭和34)年日大芸術学部映画学科卒業。1966(昭和41)年からTVドラマ「ウルトラマン」「ウルトラセブン」に出演。1968(昭和43)年日本テレビ「笑点」出演中に、立川談志(立川流家元)の助言で芸名を「毒蝮三太夫」と改名。1969(昭和44)よりTBSラジオ「ミュージックプレゼント」のパーソナリティーを務め、現在に至る。1990(平成 2)年「浅草芸能大賞奨励賞」受賞。1993(平成 5)年日本老年行動科学会特別顧問に就任。1999(平成11)年「ゆうもあ大賞グランプリ」授賞。同年、聖徳大学短期大学部の客員教授に就任。昨年(平成16年)はNHK朝の連続テレビ小説「天花」で檀家総代の団子屋・高杉新一役を演じた。現在は、NHK教育テレビ「福祉ネットワーク」木曜日「めざせ介護の達人」にも出演中。

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